めろんぱんになりたい

日々の暮らしのこと

お金のはなし

 

2019年も8日経ってしまった。時間が経つのははやい。

先日某有名な起業家が100万円を100人に配るという企画を行っていた。

みんな100万円欲しさに企画に参加していた。私もその一人である。

「あ~欲しいな、100万円」

そう思うのは当たり前だ。楽してもらえるのにこしたことはない。

 

起業家に期待させられ、餌を与えられ、それに群がる群衆。

なんだか外からみるとちょっと、いや結構滑稽かもしれない。

企画し、選ぶ彼はさぞ気持ちがいいことだろう。

「俺がみんなに夢を与えてあげている」

そう思わざるを得ない状況を作り上げた。流石日本トップの人物である。

 

私は『タダ』という言葉が怖い。

『タダ』でもらうものほど怖いものはない。

なにかしらの対価を払って得たものに価値があるからだ。

宝くじだって、対価を払って買うわけである。アイス棒のあたりもアイスを買うことで得られる。

それをなんにもなしで『タダ』でもらうのは、何か見返りを求めているんじゃないか、あるいはお返しをしなくてはいけないのではないかという強迫概念にかられる気がする。(そうでない人もいるけれど)

更に私は、彼に『支援』という言葉がちらついた。これはあげているんではなく支援金なのだという背後に隠れたメッセージである。きっと何をするにも彼の名前がどこかしらの文書に表記されるのではないだろうか。少しでも関わった一人に簡単に成りえてしまうからだ。よく考えられているなぁと思う。

 

更に当たらなかった側に彼は「そのぐらいのことなら自分で稼いで手に入れろ、お金を渡す価値なし、自分の利益にもならない」といっているような気もする。

なんだか人間の心理をつき、操られている気がする。怖い男だ。

 

私は私の力でなんとかして、お金をためて、自分のしたいことをしようと落選したときに思った。

人からお金を『タダ』でもらえることを願うよりきっとそっちのほうが手っ取り早い。

それに自分の力で得た金という安心感、誰にも支配されない自由が手に入れられる。

 

さて、2019年はどんな年になるか私も楽しみだ。